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◇土肥けんすけ 駄々漏れ追記◇     

◎∈∞∋漫画描きの土肥けんすけの雑記やエッセイ∈∞∋◎

短編小説『抜け殻』 第2回(全8回)
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そもそもが、別に彼の部屋に入る必要も無いのだ。

それは、こちらに向かう途中で気がついていた。もちろん坂口も
気づいているはずだ。お互い何も言わなかったものの。

もちろん、ここに今・・彼だった存在はいない。
彼は遠くでそうなった。この部屋とは関係なく。
坂口は、何か部屋に入る必要のある流れを探したかったのだろう。
「鍵がある」
そう僕に言ったのを後悔していると読み取れる挙動がここに
来るまでにいくらか垣間見えたものの、そこには気づかないフリを
した。まぁ、坂口は気づかないフリをしているのを知っているという
フリでバランスを取り直しているのだから良いだろう。
お互いに都合の良い理屈をつまむのは、うまく生きる秘訣の一つ。
実にグラグラではあるけれど。

薄暗い中、部屋はいつも知っている彼の部屋だった。
手前がキッチンで、奥に長いつくりの六畳程度の典型的な一階
中部屋のワンルーム。
彼の匂いがするが、それはむしろ特定個人のというより、単に
他人の匂いはこうなのだろうという匂いのおぼろげな公約数と
思えた。
流しには、茶碗と小皿などが油の浮いた水鍋につけ置きされて
おり、水から少し出た碗のフチ上には、箸が「ごちそうさま」と
いう形で揃えて置かれていた。それが、妙におかしかった。

数コンマ秒間、僕の脳シナプス電気信号は坂口にそのネタを
振ろうとしたが、これは3年は封印だと、やはり数コンマ秒で
ぴぴぴと気づく。その程度の常識はあるものの、脳裏に描かない
ほどには常識的ではない。

手元にあった壁スイッチで明かりをつけると、チチと薄く音がして
部屋の奥が薄青く浮かんだ。
閉まった形のカーテンが四角く、茶色く、目に飛び込んでくる。

もともと、あまり物を持つことに執着しない性格なのか、彼は本は
買ってもすぐ捨てるか売るかしてしまうし、家具はリサイクルの
最低限で間に合わせ、電化製品も持ち歩けるのが一番と小物
のみだった。

言ってみれば、彼はここに立ち寄る生活をしていたのだ。いや、
そのつもりはなかったのだろうけども。
別に、旅に明け暮れていたわけでもない。とはいえ部屋に最低限
以上の痕跡を残すことも結果としてはせず、故にせいぜいの所、
ここは他のどこかではない、という程度の状態になったのだろう。
部屋が物理的な意味以上にガランとして見えるのは、生活の
有機的な重なり、交わりをしてないせいなのだろうか。
言われず判断すれば、まるで慌てて転勤してきた単身赴任者の
様相とも判断できただろう。
―なので。この部屋で一番生活感をかもしつつ、場所を取るのは―

「う。あいつ、布団出しっばや」
と坂口が戸惑ったように、つぶやきうめいた。僕も同じ物を見て喉を
低く震わせる。

言うとおり、奥の部屋のフローリングにこちらを頭にして布団が
幅を利かせ、しかしポツンと引かれていた。それもきちんと中央に。
出しっぱなしなのに部屋のきっちり中央。
ああ、彼らしい。
しかし、僕らが戸惑ったのはそれとは少し横ズレた理由だった。
布団の形だ。
中には誰も寝ていないのは確かだ。確かなのだけれど。
その形が・・・。
彼が最後に起きた時のまま、掛け布団がもり上がっていたのである。

一瞬、息が詰まった。
まだ肌寒いこの季節、薄水色カバーの布団は、ずいぶん分厚いもの
だった。そしてこの掛け布団の形が、まるで人がそのまま入っている
ような形のまま盛り上がっていたのだ。

ぽっかり、大きく、暗い穴をこちらに向けながら―。

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